日米間の密約(2)
①の「核持込」は1960の安保改定の時、藤山愛一郎外相とマッカーサー二世駐日大使との間で合意されたものだが、「核弾頭を持った船は日本に寄港してもらわない」と1963に池田勇人首相が国会で答弁した時、あわてたライシャワー駐日米大使が、大平正芳外相と会談し「核持込の密約」を再確認した。
1991以降、米軍は、戦略核搭載潜水艦を除き、核を艦船に搭載せず、米国領土内に撤去したと公言しているが、元来米国は「艦船に搭載された核兵器の存在は確認もせず、否定もせずNCND」政策を取っているので、核持ち込みの事前協議は、するはずはないのである。
卑近な例を挙げると、マイカーに積んでいるトランシーバーを、出社時にいちいち外して家に置いてくるかというと、アンテナとか電源のケーブル等をいちいちつけたり外したり、なんてことは普通考えられない。こんな簡単な機器でも、少しでも接続を変えると、その都度厄介な調整が必要となる。ましてハイテクの塊のような核弾頭をつけたり外したりするのは危険でもあるし、調整も厄介でおよそ考えにくい。米軍艦船・航空機が日本の港や空軍基地に入るときは核弾頭は積んだままであろう。
②の「朝鮮有事の際在日米軍の出撃」は現今の半島情勢では、有事の際には生きてくることもあるだろう。
③の「沖縄への核再持込」は京都産大の某教授がキッシンジャーと交渉に当たり、1969、日米首脳会談の時ニクソン大統領と佐藤首相が別室で2人だけで密約にサインしたといわれている。
京都産大某教授:
http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/secret-envoy.html
④の「沖縄返還時の現状回復費の肩代わり」は沖縄返還のときに米国議会から強硬意見が出て、それをなだめるために大蔵省の某財務官が、米国財務担当者と秘密裏に交渉して返還協定調印にやっとこぎつけたとのこと。
1991以降、米軍は、戦略核搭載潜水艦を除き、核を艦船に搭載せず、米国領土内に撤去したと公言しているが、元来米国は「艦船に搭載された核兵器の存在は確認もせず、否定もせずNCND」政策を取っているので、核持ち込みの事前協議は、するはずはないのである。
卑近な例を挙げると、マイカーに積んでいるトランシーバーを、出社時にいちいち外して家に置いてくるかというと、アンテナとか電源のケーブル等をいちいちつけたり外したり、なんてことは普通考えられない。こんな簡単な機器でも、少しでも接続を変えると、その都度厄介な調整が必要となる。ましてハイテクの塊のような核弾頭をつけたり外したりするのは危険でもあるし、調整も厄介でおよそ考えにくい。米軍艦船・航空機が日本の港や空軍基地に入るときは核弾頭は積んだままであろう。
②の「朝鮮有事の際在日米軍の出撃」は現今の半島情勢では、有事の際には生きてくることもあるだろう。
③の「沖縄への核再持込」は京都産大の某教授がキッシンジャーと交渉に当たり、1969、日米首脳会談の時ニクソン大統領と佐藤首相が別室で2人だけで密約にサインしたといわれている。
京都産大某教授:
http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/secret-envoy.html
④の「沖縄返還時の現状回復費の肩代わり」は沖縄返還のときに米国議会から強硬意見が出て、それをなだめるために大蔵省の某財務官が、米国財務担当者と秘密裏に交渉して返還協定調印にやっとこぎつけたとのこと。
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