じゃがたらお春②

封建日本が生んだ虚像を覆し、たくましく、裕福に、幸せに生きた、国際人お春のその後の生活についてだんだん明らかになってきた。

元ジャカルタの現地旭硝子社長夫人、白石広子さん(1944~)の労作「じゃがたらお春の消息」は、現地女性の活躍からヒント」を得たという。

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幕府の鎖国政策で寛永16(1639)年10月(神無月)長崎から平戸を経てジャカルタ(蘭領当時バタビア)に流され、「日本恋しや、ゆかしや、見たや」と切々と綴った手紙を故郷に送ったとされる「じゃがたらお春」の実像を、夫の駐在でジャカルタに8年間住んだ白石広子さんが調べ、「じゃがたらお春の消息」(勉誠出版)という本にまとめた。

 運命に翻弄され、日本への帰国を切望しながら異国の地で人生を終えた「不運の女性」というイメージを覆し、ジャカルタで結婚し、富を蓄え、たくましく生きた新しいお春像を打ち出している。

 白石さんは夫のジャカルタ駐在で、1983-87年、92-96年の8年間、ジャカルタに住んだ。

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 85年に一時帰国した際、機内誌でじゃがたら文の一部とともにお春の紹介を読み、初めてお春の存在を知って興味を引かれた。

 お春について調べることを決め、ガジャマダ通りの国立文書館へ通い、オランダ時代の面影の残る街並みを散策していると、新しいお春像が浮かび上がってきたという。

 白石さん自身、インドネシアに来る前は「どういう所なんだろう」という不安があった。ところが、実際にインドネシアに住み、インドネシアで活躍するさまざまな日本人女性の存在を知り、「お春は日本にいるより、きっと幸せだっただろうという確信を持った」と言う。

 東大の岩生成一教授によって昭和14年頃、ジャカルタの国立文書館でお春の遺言書が発見され、お春の一生は、日蘭混血の夫シモン・シモンセンの出世によって金銭的には恵まれた生活を送っていたことが確認されていたが、白石さんは帰国後、学習院大学に入学し、卒業論文にまとめたものに加筆して、一冊の本にまとめた。

 「じゃがたらお春の消息」(勉誠出版)がその本だ。白石さんは、その後、学習院大大学院で、江戸初期の異文化交流を学んだ後、日蘭学会員となり、ますます専門家として研究を深めている。

 「すべてはインドネシアのおかげ。それがすべての始まりです」と語る。

*ジャカルタの国立文書館で家の売買契約書を新発見
 お春の遺言状、お春の子供の洗礼書、手紙、さらに白石さん自身が、国立文書館で発見したお春の署名のある家の売買契約書などの新史料を分析し、お春のジャカルタでの生活を著書の中で、時代背景や史料を実証的に解説しながら、お春の人生を小説風に描いている。
 
 父がイタリア人であった長崎在住の混血のお春は1639年、15歳で、長崎から平戸を経て、ジャカルタ(当時のバタビア)に流された。

 22歳の時、平戸生まれの混血のオランダ人、シモン・シモンセンとジャカルタで結婚、7、8人の子供をもうけ、1697年、72歳で亡くなった。

 彼女の遺言状や、故郷に贈り物をした時の手紙などから、裕福な暮らしぶりが推測できる。

 夫に先立たれた後も、商売を引き継ぎ、土地、家、奴隷などの財産を所有していた。

 いくらお春が裕福な生活を送れていても、生まれ故郷に帰れぬというのは、寂しかったのではないだろうか。自分がその立場だったらと思うとジーンと来る。

*じゃがたら文は創作
 「日本恋しや」のじゃがたら文は、お春の実際の境遇とかけ離れており、「解体新書」の改訂にも関係した蘭学の大家・大槻玄沢も指摘しているように、実際の手紙のことを知った、長崎の西川如見により、創作された疑いが強いと白石さんはじめ、日蘭学会員等の専門家はみる。

 哀れなお春像が巷間に定着した背景として、白石さんは書いている。 
 「男尊女卑の封建制度下で、男性の見る女性像はあくまで、哀れでなければならなかった。幕府という男性集団の決定によって、運命を翻弄された女性への、限りない憐憫(れんびん)の情と罪の意識に、後世の男たちも同調していった」

*男性従属を脱したお春
 「生活者としての女性の視点で考えると、人間は身を置いた状況の中で光を求め、自分の生きている意味を手探りで探そうとする存在だと思うのだ。今、現実に生きている世界こそがすべてであり、過ぎ去った過去に執着し、泣いて暮らして生きていけるものではない。近代の息吹がまだ遠い時代の中で、異国に住んでいたお春たちは、男性に従属するだけの生活から一歩踏み出した新しい女性を生きていたと言えるのではないか」

 白石さんは、新しい女性というだけでなく、「国際人として生きた日本人の先達」という意義付けをして、お春に新しい息吹を与えている。

 現在出版元の勉誠出版では、同書の在庫は無い模様であるが、古書市場では¥2000~3000位で時々売りに出ることがあるので、機会があれば読んでみてはいかが?

 図書館等でも閲覧可能と思われる。

 同書はジャカルタの紀伊国屋書店でも2001年発刊当時は24万ルピアで販売されていた。

長崎物語動画、台湾YOUKU:(航海)
http://v.youku.com/v_show/id_XMTA0NTAxMjgw.html

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