富士山の日を語呂合わせで2・23に

TIKI NET SNSの桃太郎さんが静岡県で「富士山の日」を語呂合わせで2月23日と制定したと書かれていましたが、昨今のように混迷した世にあっては有意義のことですね。私は中学高校時代に習った万葉集・山部赤人の富士山の長歌並びに反歌を思い出してしまいました。

山部宿禰(すくね)赤人、富士の山を望める歌一首併(あわ)せて短歌

天地(あめつち)の 分れし時ゆ 神(かむ)さびて 
高く貴き 駿河なる 
富士の高嶺(たかね)を 
天の原(あまのはら) 振り放(さ)け見れば

渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 
白雲も い行きはばかり 
時じくぞ雪は降りける 

語り継(つ)ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺(たかね)は (317)

   反歌(はんか)

田子の浦ゆ うち出(い)でてみれば 
真白(ましろ)にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける (318)

自己流解説(間違いあればお許しあれ)

助詞「ゆ」~「分れし時ゆ」~天地の分かれた時よりずっと

神さびて~こうごうしく

時じくぞ~その時季でもないのに、時季にかかわりもなく

ぞ・・降り ける~係りの助詞「ぞ」に対して結びの動詞は「連体形」になっている

助詞「ゆ」~「田子の浦ゆ」は、田子の浦を通ってずっと沖に出てみると

あまの原~この序詞には枕詞のように「ふり」が続くことが多いようだ、枕詞という説もあり。
古今集/小倉百人一首七番の安倍仲麿の歌に
「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」

なお赤人の反歌は、新古今集/小倉百人一首四番では、改変されて

「田子の浦にうち出(いで)てみれば白妙(たへ)の富士の高嶺に雪はふりつつ」

となっていて、格調が下がった、改悪だとの説や、王朝風で雅やかで、口調がよくなったとなど色んな説があるようです。個人的には、万葉集の元歌のほうが良いように感じますね。

山部赤人(やまべのあかひと)は元明、元正、聖武、天皇の頃(707~749)に朝廷に仕えた、下級の役人だったらしい。叙景歌人として、勅撰集に49首採られています。

柿本人麿、山部赤人は、古今集の序文で、「歌聖」とされ、古来重んじられているようです。

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